言葉遊び大百科:パングラム
パングラムは、全ての文字を使ってできる文章のことを指す。
代表的なのが「いろは歌」であろう。
いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせす
きちんと意味の通る七五調の歌になっているのが綺麗な歌であり、五十音とは違うもう一つの仮名文字の並べ方としても有名である。
もちろん、パングラムが存在するのは日本語だけではない。
例えば英語では、
The quick brown fox jumps over the lazy dog.
というものが有名である。
いろは歌とは異なり、重複する文字が存在している。
個々の文字がモーラを作る日本語と異なり、音素文字である英語では、日本語ほど母音の数を確保できないため、過不足のないパングラムを作るのは至難の業である。
この場合、できるだけ重複が少ないものが良いパングラムとされるようだ。
全ての文字を利用するものは完全パングラムとも呼ばれ、特に日本語ではこちらが主流となっている。
日本語で「パングラム」と言った際には「完全パングラム」のみを指すことも多い。
パングラムを利用したエンタメ
パングラムという遊び自体は回文やダジャレなどに比べるとあまり有名ではないが、五十音をすべて使って文章を作るというルール自体は理解しやすいため、ニッチなエンタメとして度々利用されてきた。
新いろは歌
代表的なものが、お笑い芸人のバカリズム氏による「新いろは歌」である(公式YouTubeには上がっていなさそう)。
いろは歌=パングラムで新たな文章を作り、その内容や「ゐ」「ゑ」の処理の仕方で笑いを取るというネタであった。
QuizKnockのYouTubeでもまた、新しいいろは歌を作るという企画が行われていた。
暗ム明ラムパングラム
ボカロPのHaTa氏による「暗ム明ラムパングラム」は、作品の歌詞全てが複数のパングラムで構成されているというすさまじい作品である。
世界観やリズムもあり、楽曲としての完成度も非常に高い。
謎解き界隈とパングラム発展の歴史
ここでは、謎解き界隈におけるパングラムの発展・流行の歴史をまとめていく。
パングラム自体はいろは歌の時代(11世紀ごろ)から存在するため、ここ数年の謎解き界隈での発展史など微々たるものであるかもしれない。
しかし、個人の日常レベルでパングラムの話題が存在し、カジュアルな創作が行われていた場所として価値のあるものだと思っている。
本項目では、パングラムの発展を3つのステージに分けて紹介する。
ステージ1:テクニックとしてのパングラム
もしかすると世の中にはパングラム専門の作家、みたいな人が居るのかもしれないが、謎解きクリエイターはそうではない。
謎解きの世界にパングラムが紹介されるのは、あくまで謎の1ギミックとしてであったものと思われる。
2019年にフライパン職人(@1220oz_an)氏によって投稿された「パングラムの作り方」は、パングラムが一般的なものになったひとつのきっかけである。
この投稿をもとに、個人レベルでもパングラムを作ってみようという動きが盛んになったことは想像に難くない。
全ての文字を過不足なく使うという、一見至難の業に見えるような実装作業であるが、作り方のマニュアルが提示されたことによってそのハードルは大きく下がった。
「『ほね』『ふゆ』が見えたらパングラム」と言った話題や、小謎の答えが完全パングラムになっており五十音から答えを消していけば最後の答えが分かるタイプの謎も、この流れを引き継いだものだといえるだろう。
ステージ2:コミュニケーションとしてのパングラム
ステージ1でパングラムが知名度を獲得し、その制作の程よい難しさや面白さが共有されるようになると、今度はパングラムがコミュニケーションツールとして利用されるようになった。
制約のある言葉遊びであると同時に1つの文章作品、言ってしまえば詩のようなものであるため、この意味に着目してパングラムが投稿されるようになったのである。
例えばセト(@setoseto000)氏は、謎解きイベントの感想をパングラムで発信するといった活動を行っていた。
また、VTuberの高井茅乃(@takaichino)氏の誕生日には(本人が望んだこともあり)多くのパングラムが寄せられていた。
俳句等と同様に、決まった制約の中で望みの表現を打ち出していく妙が広まった形である。
ステージ3:さらに厳しく縛って
ステージ2での流れにより、パングラムは極めて一般化し、ちょっと頑張れば面白い作品ができる言葉遊びのプラットフォームとしての地位を確立した。
しかし、同時に「高難易度の実装を要する大作」として認識されがたくなってきたのも事実であろう。
そういうこともあって、言葉遊びフリークたちの探求心は単なるパングラムではとどまらず、さらに厳しい縛りを設けるようになった。
例えば、先ほども紹介したセト(@setoseto000)氏は、パングラムのnの倍数目の文字を繋げて読むと単語があらわれるという縛りのある作品を制作した。
パングラムは余った文字を上手いこと押し込むという工程が発生しやすいため、特定の場所に特定の文字を置きながら全体を上手く整えるのは難しい。
現れる単語がパングラム自体のテーマと絡んでいることも多く、ステージ2の正統進化系パングラムという感じである。
在原業平の「唐衣~」の和歌を連想させる遊び(折句)である。
また、2022年に起こった「ルーク語」ブーム(詳細はこちら)を発端に、ルーク語パングラムという概念が誕生した。
こちらは文章作品というよりも、文字列の構造などに着目して作られた研究色の強い作品であるといえる。。
ルークだけではなく、ビショップやナイトなど他の駒の動きを用いて作られた作品も誕生した。
なお、ほとんどがこーやん(@koyan97)氏による仕事である。
この流れをきっかけに縛りパングラムの流行が(主にこーやん氏の中で)生まれたのか、様々な縛りの下でのパングラムが投稿されるようになった。
まとめ
謎解き界隈でのパングラムの歴史についてたどってきたが、大まかにまとめると
- あくまで謎解きのパーツとして「ひらがなを全部使う」などのギミックが利用されてきた。
- 2019年秋ごろにパングラムの作り方が明文化される。
- それをきっかけに様々な人がパングラムを作成するように。コミュニケーションツール化が進む。
- 普通のパングラムでは物足りなくなってきたのか、縛りパングラム文化が生まれる。
- 2022年春頃に再ブーム。今に至る。
という流れになっている。
制作ハードルの低下→再び難易度を上げようとする動きが見えて面白い。
もちろんこれは界隈の「中」での発展史であるため、界隈外の出来事については触れていないことをご承知いただきたい。
車輪の再発明とか普通にあるかもしれない。
なお、一部憶測で書いた部分も存在するため、順番が前後していたりする可能性がある。
当時のことについて覚えている人が居れば情報提供していただけるとありがたい。